姫路城

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農家のお米.com五穀豊穣祈願

農家のお米.comは五穀豊穣祈願のため出雲大社への旅行を企画しました。
旅行計画はこちら(pdf)
出雲の前に途中下車で姫路城へ行きました。

農家のお米.com姫路城石碑
姫路駅から正面に姫路城が見えてすごい場所にあるのに驚き、城が見える1等地に駅を作ったJR(旧日本国有鉄道)さんは、すごいと思い調べてみると
姫路駅が設置される1888年頃には姫路城内には陸軍歩兵第10連隊が設置されており、このことによる必要性もあって市街地に隣接して設置されたと思われるが、誰の意見でなったかは不明です。興味のある方は調べて教えてください。
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世界文化遺産・国宝 姫路城

昭和26年(1951)に国宝に指定され、
平成5年(1993) に世界文化遺産とな りました

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姫路城が白漆喰総塗籠という方法で、 外壁を白漆喰で塗籠るだけでなく、 屋根瓦の目地にも白 漆喰を施した結果、 天守群がまるで翼を広げたシラサギのように見え、いつしか姫路城下の人々は親しみを 込めてそう呼ぶようになったといいます。
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逆さ姫路城
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姫路城の守護神、刑部明神

姫路城が建つ姫山には「刑部(おさかべ)大神」などの神社があった(豊臣秀吉は築城にあたり刑部大神の社を町外れに移した)。この神社が「おさかべ」の名の由来である。
この社の祭神が具体的に誰であったかは諸説あり不明だが、やがて、城の神であり、城主の行いによっては祟ると考えられた。

①関ヶ原の戦い後に新城主となった池田輝政は城を大規模に改修したのだが、1608年に新天守閣が完成するころ、さまざまな怪異が起こり、1611年にはついに輝政が病に臥してしまった。これが刑部大神の祟りだという噂が流れたため、池田家は城内に刑部神社を建立し刑部大神を遷座した。

②昭和29年(1954)初夏、昭和の大修理のために姫路城にやって きた棟梁の和田通夫は連日、自分の身に起こる異変に苦しんだと いいます。数百もの光の玉、人 ひと魂 だまが押し寄せるように近づき、まと わりつくのです。 和田は自分で 祈祷することを決意し和田は城内の小屋に泊まり込み、毎晩、懐中電灯片手に真っ暗闇の天守最上階に登り、刑部神社の前で1時間半、歩き回りながらひたすら読経を行いました。